好きななろう作品が書籍化したのに全く喜べないお話

 小説家になろうにおいて書籍化は全く珍しくない。今、なろうサイト内の書籍化一覧を見ているが漫画も含めて2021年1月だけで30以上もの作品が発売されている。それでも書籍化される作品は一握りだ。好きな作品が書籍化されたら普通は喜ぶのではないだろうか。しかし、私は全く喜べなかった。むしろ不安しかなかった。なぜ不安なのか、喜べなかったのか、そして、書籍化の結果はどうだったのか。そんな、なろうではありふれた喜ばしくない書籍化のお話をしていこうと思う。

 私の好きな作品はエタりかけていた。更新は年1な上、作者は他に書籍化作品の連載を複数掛け持ちしている。いつ年1の更新が終わってもおかしくない。そう思っていた。ところが、突然前回の更新から半年程しか立っていないのに更新された。2週間ほど立って更に更新、その後徐々に更新速度は上がり、連日更新もあった。正直、凄く嬉しかった。ハンターハンターが毎週連載されるようなものだ、それも作中は章の終盤で伏線回収もしつつ盛り上がっている。夢のようだった。だが、この夢は思いもよらぬ終焉を迎える。

 その章の最終話の内容を一言で言い表すならば「打ち切りエンド」だった。「俺たちの戦いはこれからだ」、本当にこれだった。ショックよりもあっけにとられた。 元々エタりかけていた作品だ、良い結末が思いつかなかったのかもしれない。非常に残念だったが仕方ない。そう納得しようとした。しかし、最終話の作者のコメントを読んでさらなる衝撃を受けることになる。

 「書籍化します」ということだった。最初は喜んだ、だが少し考えてみると全く嬉しくない、むしろ不安しか感じられなかった。その理由は大きく分けて、2つある。

 書籍化が嬉しくない1つ目の理由は、書籍化によってその作品が完全にエタる可能性が高いからだ。ではなぜ、書籍化によって作品がエタるのか。

 その作品は全く万人受けしない内容だった。チートとかハーレムとかざまあとかなろうとしての人気要素もなかったし、普通のラノベとしても一般受けしない作品だった。一応主人公SUGEEEE要素があるが、それが主軸かというと違う。加えて、主人公の印象を10人に聞いたら半数以上は嫌な奴と答えるだろう。主人公は天才キャラとして描写されている。しかし、他人に自分と同じだけの努力を強要するし、他人に対しての評価が辛口だ。有能でも鼻につく奴、そんなタイプの主人公なのだ。舞台もなろう的中世ヨーロッパとは異なる。物語の舞台となるのは、機械種が多い街である。初心者向けのクエストがゴブリンやスライム退治ではなく、機械アリの退治になっている。ギルドの受付嬢もアンドロイドだ。これも受けにくい要素と言えるだろう。また、読みやすくもない。なろうでは読みやすさが重視される。改行マシマシで、余計な世界観の説明とか、描写とかなしで必要最低限の描写のみ。このような描写の仕方がなろうでは好まれる。一方で本作は、主人公の独白と共に世界観や心情の描写が多々されているため読みにくい。改行もしているが一つの段落が長い。なろう的に読みやすい作品と比べたら本作は読みにくい。

 私はこの作品のアンチではない。しかし、万人受けはしない。この作品の信者だからこそ、好きだからこそ、欠点がよく見える。書籍化向けの作品ではないと思う。そんな作品が書籍化したのだ。

 万人受けしない作品が書籍化したらどうなるか。当然、売れずに打ち切りとなる。書籍化が打ち切りになったなろう作品はどうなるか。webでの連載もエタる。書籍化して売れればいい。しかし、増え続ける書籍化作品に対して読者は全てを読めない。手にとってもらえるキャッチーな要素もない。そんな作品は売れないだろう。内容が面白ければ売れるだろうか。残念ながら内容が面白くても打ち切りになった書籍化作品はあるのだ。これから書籍化なのに、すでにエタる未来しか見えない。

 だが、本作は既に打ち切りエンドを迎えている。どうやってエタるのだろうか。実は、打ち切りエンドを迎えた本作は書籍版の内容でリメイクが今連載中なのだ。そして、そのリメイクの内容が私にとって書籍化が喜べない2つ目の理由となるのだ。

 2つ目の理由は、書籍化にあたるリメイクにより作品の魅力が失われたことだ。その作品は書籍化によって書き直された。なろうの書籍化において、web版と書籍版の内容が違うことは珍しくない。今アニメ化されている「蜘蛛ですがなにか」はweb版と書籍版で内容が異なる。一方で短編を描き下ろすだけで内容はそのままというパターンもある。今アニメ化されている「無職転生」はこのパターンだ。それでは、なぜweb版と書籍版で内容を変えるのだろうか。これまで私は書籍版を売るために内容を変えたと考えていた。しかし、私の好きな作品が書き直された理由は全く異なっていた。

 単純な話で、文字数オーバーだったのだ。書籍一冊の文量をweb版が大幅に超えていたため書き直されたのだ。すると、起こるのは様々な場面のカットとなる。作者曰く、このカットが大変だったらしい。それでは、何がカットされたのか。第1に主人公とヒロインを除くサブキャラの場面だ。ギャルゲでいう共通ルート、アニメで言う日常回にこれが含まれていたため、多くのサブキャラの掘り下げが不十分となった。第2に、主人公視点の描写と独白だ。この作品は主人公視点において世界観と主人公自身のキャラの掘り下げを行っていた。主人公は天才キャラという設定なので、自然それによって説明できる量も多い。これが失われたことにより世界観や主人公のキャラの掘り下げが不十分となった。

 また、書き直しで行われたのは内容のカットだけではない。キャラの表現がマイルドになったのだ。深夜番組がゴールデンに移った時のような物足りなさを終始感じるのだ。この作品の信者とも言える私でさえドン引きする主人公の言動が変更されていたのだ。このように説明すると、まるで良くなったかのように思えるが違う。ジャイアンがきれいなジャイアンになったようなものなのだ。どんなキャラにも長所と短所があってこそ魅力的になるのだ。それがなくなっては平凡なキャラになってしまう。物足りなさの理由はここにあるのだろう。

 書籍化にあたり、ストーリーやキャラや世界観の掘り下げも大幅にカットされ、キャラの描写もマイルドになってしまった。これが、書籍化によるリメイクで作品の魅力が失われた理由だ。

 以上、2つの理由から私にとって書籍化が喜ばしくない理由を述べてきた。しかし、この理由をひっくり返すと書籍化が喜ばしい理由になるのだ。本作は万人受けしない内容な上、読みにくかった。そこで、書籍化で様々な描写をカットして、キャラをマイルドにした。これにより、本作の弱点である万人受けしない内容とキャラ、読みにくい文章が改善されたのだ。そして、書籍が売れれば本来エタりかけていた作品の更新も続くだろう。そもそもこの作者の近作は書籍化しているのだ。その経験を生かして書き直したのだから書籍化が成功する可能性は低くないだろう。むしろ、書籍化は喜ぶべきなのだろう。このように、喜べない書籍化を別の面から捉えると、喜ばしい書籍化になるのだ。

 それでは、書籍化の結果はどうだったのか。結果から言うと2巻の発売が決定した。だが、これによって書籍化が成功かと言うとまだわからない。なぜなら、まだ書籍が打ち切りになって、原作がエタる可能性があるからだ。私の知っている限りでは、4巻まで発売してその後続きが発売されず、web版もエタった作品を知っている。恐らく調べればもっと巻数が出て打ち切られた作品も見つかるのだろう。人気作品ならともかくマイナーなろう作品の売上はわからない。加えて、どれぐらい売れれば打ち切りにならないのか、成功になるのか、その基準もわからないのだ。わかりやすい指標としては、漫画化、間違いない指標としてはアニメ化があるだろう。果たして、私の好きな作品はそこまでたどり着けるのだろうか。書籍化の成否の判断は未だにつかない。

 まだまだ、書籍化への文句はある。書籍のせいでタイトルがなろう的な長文タイトルにされたこと、キャライラストが作中の描写を正確に捉えてないこと、一冊に無理やりまとめようとしたこと、etc……

 ちなみに、当然私は書籍版を買った。それを読んだ上での感想だが、そのまま書籍化した方が良かったと思う。けれども、書籍化にも利があることは認める。この書籍化は新規の読者を対象としている。私のような老害信者は、泥臭いガンダムがみたいというガンダムオタクのようなものだ。実際読んでみると良い点はある。カットされた場面がある一方、追加された場面やヒロインの掘り下げがあり、書籍化にあたりいかに無駄な場面をカットし重要な場面を残しキャラの掘り下げを補完したのかわかった。書籍化には利がある。書籍版にも良いところがある。だから、私は書籍化を否定しない。だが、それでも、私にとってこの書籍化は喜べないのだ。